立秋の頃に思うこと

この夏は暑かったですね。
それでも気が付くと立秋も過ぎました。
すると不思議なことに、立秋の声を聞いたとたん、
風がなんとなく涼しく感じられてきます。

8月は暑さの中に一抹の寂しさのようなものを感じるのは私だけでしょうか。
蝉が降るほどに鳴いていても、少しづつ昼が短くなり、
夏は終わりを告げています。
夏は「逝く」という表現がぴったりだと思う。
あれほど明るく燦々と輝いていた季節が、
あるとき不意に、静かに終息を迎えていくのです。
そう、人生の小さな終わりを暗示するように。

また、8月の6日あたりからの10日間は、
夏の暑さだけでなく、1年の中で一番空気が重く感じられるのです。

広島、長崎、そして終戦の日・・・
暑い季節に、多くの人々の犠牲の上に、ひとつの歴史が終わったとき。

この時期、たくさんの終戦番組や原爆の番組をやっています。
今年、私はそのどれも見ていません。

戦争はいつの時代でも、勝利者には「正義」であるし、
被害者には常に悲惨なものでもある。
人間の歴史の中で、それでも戦争が絶えなかったのは、
人間が、というよりある種の特権階級が、「利益」を得るための手段の一つでした。
それが資源の確保であれ、領土の拡張であれ、
それらを企画し、指揮する一握りの人たちには、
常に安全な場所で、いざとなれば身を隠せる環境に置かれ、司令だけだしていればいい、
そういう人々には、真に身を持って、被害にあった名もなき民の「痛み」「苦しみ」はわからないのです。
だから、いつでも、それこそ底辺にいる人々の犠牲の上に、
愚かな欲望のためだけに、戦火は止むことはない・・・

戦争の番組の中で「二度とこの悲劇を繰り返さない」
「反省の上に立って」と、私達のような普通の民が言ってもダメです。
戦争を起こす立場にある人種が、本来は真の意味で「反省」をし、
「悲劇」を目の当たりにしてそれを憂うのでない限り、意味がない。
実際に、どの国でも今だに戦争をしたがる連中がいる。
そうした一握りの権力階級の人たちは、自分たちが痛みを感じる必要がない。
そういう人たちが痛みを感じない限り、どんな言葉も反省も意味がない。
それをわかっているとはとうてい思えない。

今年、初めてアメリカ特使と、国連の事務総長が広島に参列しました。
当然かもしれないけれど、アメリカではそれを批判する人たちもいる。
今だに、あの戦争はすべて日本のしでかしたことであって、
原爆の投下がなければ、戦争は終わらなかったと主張する人たち。

戦争には常にどちらが「正しい」ということはない。
どちらも間違っている。
それでも日本は負けたという「事実」が65年間もずっと響いている。
中国、韓国からは、いまだに戦争の損害賠償をしろと言われる。
戦争の時代はすべてが無法地帯になります。
韓国や中国で日本がしたことがどんなことであれ、
日本もまた、それと同じかそれ以上の犠牲を負っているのです。
それに、支配した以上のなにかを、(技術や産業なども)中国や韓国にもたらした。
これ以上の謝罪も賠償も必要ではないのです。
それをなぜもっと主張しないのか。

悲しみはいつまでも残るもの。けれどそれはいつか思い出に変わる。
残るものが恨みだったり、批判だったり、ただ正当化だけだと、
いつまでも終わることはないでしょう。

日本はもっと、自分たちを主張していいのに、
上の人間にはその勇気もなければ、そうまでする気持ちもないでしょう。
いつか風化するまでやり過ごそうとしているのかもしれない。
そうしているうちに、時勢はどんどん変わっているのです。
いつまでも過去の亡霊に引きずられるのがいやだと思ったなら、
正しい主張をすべきなのだと思うのですが・・・

そのためには、やはり正しい歴史認識と、
隠された真実をきちんと見せることが必要かもしれません。
ほとんどの「歴史」は権力者、勝者から見た歴史です。
その裏にある、実は「真実」であることは、往々にして隠されてしまう。
それは歴史に限らず、裏と表があるのは当然のことですが、
隠された「真実」が見えるとき、あらゆる面で正統な評価ができ、
必要以上に自国を卑下したり、責任を感じなくてもいいようになる、
と思うのは甘いのでしょうね。

わからない文章になりましたね。すみません。

数年前のある日、突然なにがきっかけなのか、「視界」が開け、
ちょうど終戦の日の前、いつものなにも変わらない交差点で、
無数の「形のない人々」を見てからというもの、
そうした行き場をまだ失ったままでいる魂を救うには、
心からの理解と、
ただ口先だけの反省から、一歩踏み出し、
「未来」へ向かう、つまり、ここからどう将来へつなげていくか、
本当に戦争をしなくて済むようになるにはどうしたらいいのか、
私達が本来の意味で目覚め、そういったことを真剣に考えるようになったとき、
あらゆるものが救われるのではないかなと思います。

夏の終わりは祈りの時期です。
逝く夏への、そして、失われた魂への祈り・・・

お読みいただいてありがとうございました。

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この記事へのコメント

卯月
2010年08月09日 14:09
同じようなこと思っていました。
歴史には事実が隠されている場合もあるんですよね。
勝ったほう(権力者)の都合のいいように変えられて
しかも違ったことを報道などで流されて刷り込まれるとか・・
みんなが何が真実かを見抜くことができたらいいのに・・
その心の目を磨かなくちゃですね><

お盆が近くなると地獄の釜が開くから気をつけるようにと
かかりつけの整体の先生に注意される時期がきました。
(話してもいないのに何があったかわかる人で、これから
起きることも時々ぽろっと言ってしまって私でも
この人ってただものじゃない・・と思う人です。)

おかしな夢を見続けたりするあたりから、もしやというかんじですが
とりあえず、クラスターやお気に入りの石を枕元に置いて
やりすごしています。
Hakoさんも、よい夏の終わりをすごせますように(*_ _))ペコ
hako
2010年08月09日 16:31
卯月さん

書き込みありがとうございます。
私たちが学ぶ歴史は「表の歴史」。
裏に隠された真実のほうがはるかに多いと思いますよ。
でもそこは、裏ですから、推し量るしかない。
案外、そういう部分に「真実」って見えてくる・・はずなんですよね。

整体の先生は感じられる方なんですね。確かに、ただものじゃなさそう。
地獄の釜の蓋は開きますよ~~(^^;;・
特に15日前後は。旧盆でもありますし。

7月はずっと寝こんでましたが、少し涼しくなってきたみたいなので、
夏の終わりに少し頑張ります!!ありがとうございます。